2021年01月07日

本尊・阿弥陀さまA





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浄土真宗のご本尊、阿弥陀さまは立っておられます。







同じ阿弥陀さまでも、座像の阿弥陀さま(鎌倉や高岡の大仏さま)もおられます。








もちろん座像の阿弥陀さまも、私たちを悟りへ導くためのお姿であります。







しかしその上でなぜ、浄土真宗の阿弥陀さまは立っておられるのでしょうか?








それは、危なくて仕方がない「わたし」を座って見ていることができなかったのです。








赤子のように。危なっかしくて、心配で。








立たずにはおられなかった、仏さま。








それが浄土真宗のご本尊である、阿弥陀さまです。









私が今ここにいるのは、放っておいたら「いのち」を終えていただろう、私を見守る方が(もしかしたら親に代わる存在かもしれません)いたからでしょう。







もちろん、様々な親子関係が存在するのも承知しております。








でも、この世の中において「阿弥陀さまが私を憂いてくださる心」を例えるとしたならば、「親心」が1番近いのかもしれません。








ついつい、長くなってしまいます。








なるべく読み易いように心がけます。



 




「本尊・阿弥陀さま」シリーズ、続きますのでお付き合いくださいませ。






posted by 覚円寺 at 20:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 教え・作法・マナー