今月の掲示板の言葉はこれ。
みなさんにも経験が
あるのではないでしょうか??
ここでも触れていますが
「浄土真宗は誰でも救われる教え」と
半ば、バカにしたように言う人がいます。
そうなんです。でも少し違う。
誰でも救うことができる仏が
阿弥陀如来だけれども
その心を受け取らないと
救いにあずかることもできません。
聴聞してください。
仏さまの話を聞いてください。
お寺に参ってください。
【住職のひとりごと】
目的地はわかっているのに迷子になった。
こんな経験はないですか?
私はよくあります。
その時になぜ、迷子になったのか
わかりますか?
現在地がわからなくなったとき、
我々は迷子になるのです。
例えばデパートで、
行きたいお店にたどり着けない時、
何をするでしょう。
私なら、エスカレーター近くへ行きます。
なぜか?店内の地図があるから。
そこで地図を見て、
目的地であるお店を
見つけることができたとしても
目的地にたどり着くことはできません。
そうです。
現在地がわからないと
たどり着けないのです。
あの赤い印を探すでしょ?
経験あるはずです。
人生の目標を定めても、
現在の自分の位置を知らないと
達成できません。
浄土真宗は、
「命終えたら仏に成る」という教えです。
無になるのではない。
真っ暗な世界に行くのでもない。
極楽浄土で仏として生まれるのです。
行き先は聞きましたね?
でも、それだけじゃあ、到達できません。
現在地を知らないと。
その現在地を知らせてもらうのが、
お寺参りです。
法話を聞くのです。
人間の話を聞くのではなく、
仏さまの話を聞くのです。
「浄土真宗は何をしていても
誰でも救われる」
とバカにする人がいます。
そんなことないですよ。
仏さまは全ての人を
救える仏に成られたけれど
教えを受け取らない人には
届きようがないですからね。
ぜひ聞いてください。