2020年03月16日

ダンが教えてくれたこと

昨日の夜、我が家のチワワ、青木ダンが静かに息を引き取りました。




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数日前から、ご飯をあまり食べていなかったので心配でしたが、ついに別れがやって来ました。




11月11日生まれ。ワンワンワンワンの日。
15年生きてくれました。





よく吠える犬でした。そして イケメンでした。






晩年は特に、人間の勝手な都合で可哀想な思いをさせました。





本当に申し訳ないです。
その一言に尽きます。






昨晩は、ベッドで長男に、ダンが我が家にやってきた時の事を話していました。






祖母とよく留守番していたこと。






今は形状が変わりましたが、居間を部屋を走り回っていたこと。






生まれたら、必ず死ぬということ。






すると、「お父さんもお母さんもじいちゃんもばあちゃんも死ぬが?」と聞いてきました。





「そうだよ。せんりゅうもね。だから、生まれるってことは、当たり前じゃないんだよ。こうやって会えているってことは、当たり前じゃないんだよ」





「ダンが教えてくれたんだよ」





という話をすると、泣き顔になって枕に頭を埋ずめました。





「なんまんだぶつやねぇ・・・」




と声を掛けると、間もなくスヤスヤと寝息を立てはじめました。





ペットは往生するのか?






浄土宗さんでは盛んに議論された時期もあるそうです。





犬は畜生である、という立場をとれば往生はないでしょう。




しかし、それは私には計れないし、ペットロスの方に「ペットの往生はない」と言い切れば、上田紀行氏が言うようにその教えは「正しいけど無意味」でしょう。





ペットロスの方の心の傷をえぐるだけです。





でも確かなことは、昨夜ダンが亡くなってから、何度もダンを思い出し、「なんまんだぶつ」とお念仏が出たということです。






ダンを思い出し、ダンを通して「なんまんだぶつ」が出てくださいました。





そして、自分のいのちを振り返る時間をダンにもらいました。





今があるということを、心から有難く思ったり、自らの行動や言動を恥じたりの繰り返しです。





歓喜と慚愧(かんぎとざんぎ)が交錯し、同居しています。





そういう意味では、ダンも私に「なんまんだぶつ」のはたらきに遇わせてくれた、尊い存在です。






今朝、保育園に出掛けるとき、妻が息子に
「ダンとお別れだよ」と顔を見せたそうです。





息子は号泣したそうです。





小さいながらに、何か大切なものを感じ、受け取ったはずです。





ダン、有難う。そして、ごめんなさい。





なんまんだぶつ。
posted by 覚円寺 at 16:09| Comment(0) | TrackBack(0) | プライベート
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