2025年07月10日

7月5日の予言


IMG_2562.jpeg


先日の龍谷富山高校での法話。
これは言っておかねばと冒頭に。


私も1999年、
ノストラダムスの大予言。
人類の滅亡、終末。
信じてないけど少し怖かった。


大学の一回生で一人暮らし。
信じていないといいながら
友だちの家に泊まったっけ(笑)


【以下、簡略して】

みなさん、今日を迎えることが
できましたね。


大災害、大災難。
あるときはある。
ないときはない。


仏教、そして浄土真宗では
このことをどう捉えるのか?


「毎日が7月5日」と
聞いていくんです。


つまり、今日または次の瞬間に
いのちを終えてしまうのが私のいのち。


だから、1日1日、このひと時を
大切に丁寧に生きていくことを
知らされるんです。


簡単に言うとこんな話をしました。
お寺ではこのあとに
後生の一大事の話をしますが
高校では少しだけ触れる程度に。


まぁ、取り留めもなく
色々と話してしまいましたが
【願われているいのち】
ということも伝えました。


でも、味噌ラーメンの塩分で
口が開かなかった。


そこは今でも大反省です。


posted by 覚円寺 at 06:33| Comment(2) | TrackBack(0) | お知らせ
この記事へのコメント
毎日が災難、これは結構、気づきやすいのですが、毎日が※僥倖(ぎょうこう)っていうことに気づく人はあまり、いないのではないかと思います。
念仏をいただく人は、気が付かなければならないのでしょうが、私の心の眼はまだまだ煩悩に遮られているのだと思います。

※僥倖:「思いがけない幸運」や「思いがけない良い出来事」のこと
Posted by 廣岡好優 at 2025年07月10日 06:48
廣岡さま

僥倖。確かに仰る通りですね。
そのことも伝えるべきでした。反省です。
教えていただきありがとうございます。

そして、コメント嬉しいです。
たくさんの方が見てくれているようですが、何せコメントがつかないブログなので(笑)
Posted by 住職 at 2025年07月10日 07:29
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