先日の龍谷富山高校での法話。
これは言っておかねばと冒頭に。
私も1999年、
ノストラダムスの大予言。
人類の滅亡、終末。
信じてないけど少し怖かった。
大学の一回生で一人暮らし。
信じていないといいながら
友だちの家に泊まったっけ(笑)
【以下、簡略して】
みなさん、今日を迎えることが
できましたね。
大災害、大災難。
あるときはある。
ないときはない。
仏教、そして浄土真宗では
このことをどう捉えるのか?
「毎日が7月5日」と
聞いていくんです。
つまり、今日または次の瞬間に
いのちを終えてしまうのが私のいのち。
だから、1日1日、このひと時を
大切に丁寧に生きていくことを
知らされるんです。
簡単に言うとこんな話をしました。
お寺ではこのあとに
後生の一大事の話をしますが
高校では少しだけ触れる程度に。
まぁ、取り留めもなく
色々と話してしまいましたが
【願われているいのち】
ということも伝えました。
でも、味噌ラーメンの塩分で
口が開かなかった。
そこは今でも大反省です。
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念仏をいただく人は、気が付かなければならないのでしょうが、私の心の眼はまだまだ煩悩に遮られているのだと思います。
※僥倖:「思いがけない幸運」や「思いがけない良い出来事」のこと
僥倖。確かに仰る通りですね。
そのことも伝えるべきでした。反省です。
教えていただきありがとうございます。
そして、コメント嬉しいです。
たくさんの方が見てくれているようですが、何せコメントがつかないブログなので(笑)